『ジョブセンス』で大学1年次より起業し、史上最年少で上場した社長。その裏側は・・・
株式会社リブセンス 村上太一
小学生の頃、「将来は社長になる」と決意。早稲田大学高等学院在学中から起業のための準備を開始し、簿記検定2級を取得したほか、情報処理技術者試験に合格した。高校卒業後の2005年4月、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。同大学1年生在学時、大学の「ベンチャー起業家養成基礎講座」が実施したビジネスプランコンテストで優勝した[1]。同ビジネスコンテストの翌年度の優勝者は与沢翼である。 大学在学中の2006年2月に株式会社リブセンスを設立、同年4月よりアルバイト情報を掲載するウェブサイト 『ジョブセンス』を開設した。 リブセンスは創業2年目に黒字化、2011年11月1日には東証マザーズより上場承認を得、同年12月7日に上場した。さらに2012年10月には、東京証券取引所市場第一部へ市場変更した。東証マザーズ上場時の年齢は25歳1か月であり、自社の株式を公開した者として史上最年少となった。
当時は大量に白髪がはえてきてしまうほどのストレスを抱えていた!?
「雨垂れ、石を穿つ」を表現したオフィス 出典:officemill.co.jp
「当時は大量に白髪がはえてきてしまうほどのストレスを抱えてた」というほどに、既存の大手企業の存在や周囲からのマイナスな意見によって追い込まれていたという。 「できないことを言われると、できると思っていた自分が間違っていたんじゃないかっておもってしまうんですよね。そんなときに創業メンバーが抜けて、辛くて辛すぎたんです」(村上氏)
東大在学中起業。時代の寵児と言われた男
堀江貴文(通称:ホリエモン)
堀江 貴文(ほりえ たかふみ、1972年10月29日 – )は、日本の実業家。株式会社ライブドア元代表取締役社長CEO、SNS株式会社オーナー兼従業員。愛称はホリエモン。
在学中の1996年、ウェブページ制作請負会社である有限会社オン・ザ・エッヂを設立。インターネットが普及しはじめた黎明期に、いち早くホームページ制作・管理運営を行う会社として注目を集め、レコード会社などの一流企業のサイト制作を請負いながら急速に成長していった。2002年、経営破綻した旧ライブドア社から営業権を取得した。
「社長なんて誰でもできる」
若者の心に突き刺さった書籍「ゼロ」 出典:saiougauma.net
大学といっても、ほとんど大学には行ってませんでした。全部合わせても100日も行ってないと思います(笑)。大学の講義にも出ず、雀荘に入りびだったり、カラオケに行ったりと1年生から3年生までの生活は堕落していましたね。それが4年生になって周囲が内定もらっただとか言い出して、なんとなくヤバイなと感じ始めました。そこで教材会社でプログラマーのアルバイトを始めたんです。その後違う会社に移って、そこでインターネットと出会いました。しかしその会社にいてはビジネスチャンスを逃すと感じ、独立を決意したんです。辞める時に月70万円出すから残ってくれと言われた。しかしその会社に残っていても人とお金を自由に動かせないと判断し、断りました。何よりもインターネットはスピードが命ですからね。 起業するといっても、もちろん経営に関して私は全くのド素人です。しかし日本には社長がたくさんいますよね。みんなそこそこ社長業をこなしているんです。だから自分も本を1冊読めばできるだろうと思って、やることにしたんです。会社を辞めた後、しばらくはフリーで仕事をこなして、96年に起業しました。
京大在学中に起業したIT系社長
株式会社ドリコム 内藤裕紀
1978年生まれ。京都大学在学中の2001年にドリコムを設立。ブログサービス事業で業績を大きく伸ばし、2006年に東証マザーズ上場。
現在は国内・海外に向けたソーシャルを軸としたスマートフォン向けコンテンツの提供を進めている。
ソーシャルゲームを中心に、そのノウハウを活かして継続学習を実現するソーシャルラーニング、独自のノウハウを活かした広告サービスの3領域に注力。
「with entertainment = 相手の期待を超えること」を会社の存在意義として掲げ、新規性の高いサービスの提供に取り組む。
出典:business.nikkeibp.co.jp
まるでカフェのようなオフィス
創業当初仕事用のデスクを小学校から1000円で譲ってもらっていた!?
おカネの大切さを創業時から身にしみて感じていましたよ。近くの小学校に頼んで使わなくなった長机を1000円で譲ってもらったりしました。もう節約に一生懸命でしたね(笑)。